光学系の調査 @ Japan Mobility Show 2023

光学全般

はじめに

日本自動車工業会主催の展示会「Japan Mobility Show 2023」に参加しました.開催概要は下記のとおりです[1].

  • 開催期間:2023年10月26日(木)~11月5日(日)
  • 会場  :東京ビックサイト
  • 出展企業:475社
  • 来場者 :約111万人

2019年までは東京モーターショーという名前で開催されていましたが,4年ぶりに開催された今年から名前が変更されました.見学を通した東京モーターショーとの違いは,従来のクルマを主体としたモノづくり見本市から,モビリティを通じたコトづくり体験会への変革というイメージを持ちました.それは展示の内容にも現れており,クルマとらわれない展示,例えば空モビ(Fig.1 SUBARU社の空モビ)やバイク(Fig.2 川崎重工業社のW230試作車)などがあり,それぞれのモビリティが提供する独自の価値をアピールしている点が印象的でした.

私は主に完成車メーカと部品メーカを光学系エンジニアの視点で見学し,光学に関わる部分をピックアップして報告します.

Fig.1 スバル社の空モビの展示
Fig.2 川崎重工業社のバイクW230試作車の展示

① ADASカメラ

先進運転支援システム(ADAS)でヒトやモノの検知を担うカメラ.最近ではiPhoneのカメラのように複数台搭載され,それぞれが広角・標準・望遠の各画角を担う構成が出てきています.Fig.3とFig.4はBMW社の車X2のADASカメラで,2眼タイプのものです.特徴はカメラ前面のウィンドシールド部に,ヒーターが水平方向に設置されている点です.私はこの展示会で初めてこの構成を見ました.ウィンドシールドが曇ったり,凍結したり,積雪があったりした場合に,ヒーターで加熱してこれらを除去してカメラの視界を確保する目的で設置されていると考えられます.

ヒーターを設置する際の光学的な課題は2点考えられます.
①ヒーターでカメラレンズに入射する光線をケラないように設計すること.(例えば,カメラの画角や入射瞳の位置,ヒーター搭載位置,ヒーターサイズが設計パラメータになると考えられます)
②ヒーターで反射・散乱した光がフレアーとなってイメージセンサへ到達しないように,絞りなどの遮光部材で迷光防止設計をすること.

技術課題はあるものの,凍結やくもりによる未検知を防ぐ価値は大きいため搭載したと推察されます.

Fig.3 BMW社のADASカメラ前面のウィンドシールドガラスヒーター(斜め前から撮影)
Fig.4 BMW社のADASカメラ前面のウィンドシールドガラスヒーター(前側から撮影)

② ヘッドランプ・テールランプ

車の前照灯は,ヘッドランプやヘッドライトといわれます.ヘッドランプの機能は光を前方に射出して夜間の視界を確保したり被視認性を確保したりすることですが,最近ではヘッドランプが発する光そのもののを直接見た際の視認性や意匠性が設計ポイントなっているように感じます.

Fig.5はBMW社の車X2のヘッドランプを上方から見た写真です.青色のマットな発光領域がアイラインのように設けられているのが分かります.同様に,白色のライトガイドのようなものも設置されており,前側の光射出面は同じくマットな白色となっています.これら昼間点灯(ちゅうかんてんとう)する部材を,Daytime Running Lamps(DRL)といい,デイライトと称されます.これらの発光部材は昼間における被視認性を向上させるとともに,ヘッドランプそのものの意匠性を向上させます.これらの部材では,発色のマットさ,すなわち輝度ムラを小さくする設計が肝心なのだと思われます.

Fig.5 BMW社の車X2のヘッドランプ

ADB(Adaptive Driving Beam)に関する面白い展示がありました.Fig.6は小糸製作所社の反射ブレードの回転を使ったADBの展示です.回転軸に対してブレードのなす角が変化する形状(スパイラル形状)で反射部材を構成し,回転ブレードを反射した光の角度変化を利用して光を走査します.これと合わせて,ブレードに入射する光の強弱をLEDの発光を制御することでADBを実現する手法です.LEDを2次元に配列させて配光する手法と比べて,配光する方位を細かく設定できる点が優位と思われます.展示ではLED12個で300方位分割が可能で,レクサスRXに搭載されているとのことでした.

Fig.6 小糸製作所社のブレードスキャンADBの展示

プロジェクタ機能付きリアランプの展示がありました.同じく小糸製作所社の展示で,Fig.7に示すように後退時に路面上に図形を表示し,歩行者に注意を促す機能を持たせている点が特徴です.写真では屋内の暗い環境のため表示が見えていますが,外の明るい環境でも表示が見えるように輝度を高くすることが技術課題と思われます.

Fig.7 小糸製作所社のプロジェクタ機能付きリアランプ

③ ヘッドアップディスプレイ

ヘッドアップディスプレイ(HUD)はウィンドシールドに虚像を表示し,速度やナビゲーションの情報をドライバーに提供する装置です.会場ではトヨタ・クラウンやBMWのほぼ全ての車種,日産・アリアに搭載されていました.外観から得られる情報は限られますが,Fig.8のように開口部の大きさを比較するとBMWの画角が大きそうに見えます.また開口部周辺を囲むようにベゼルがありますが,日産はベゼルとインパネの継ぎ目がなく,一体化しているように見えます.継ぎ目があるとそこで光が散乱して浮き出るため,一体化することでドライバへの視覚的な違和感を減らす効果があると思われます.さらにBMWのベゼルはその周囲のインパネよりも黒くなっており,迷光に気を配っていることが伺えます.

Fig.8 各社のヘッドアップディスプレイの開口部

④ レーザレーダ

レーザレーダ(LiDAR,Light Detection And Ranging)はセンサ周辺の環境を3次元で捉えることができ,自動運転でのSLAM(Simultaneous Localization And Mapping)などに使用されます.小糸製作所社のブースでは,Fig.9(a)や(b)に示すLiDARを内蔵した車載ランプの展示がありました.Fig.9(a)は中距離用のLiDARで,(b)は近距離用のようです.内蔵されているLiDARは米国のcepton社から供給を受けたものです.小糸製作所はcepton社に出資しており,その協業の成果とみられます[2].cepton社はmicro motion technologyと呼ばれる独自のレーザ走査技術を有しています.LiDARを用いた三次元測距の例をFig.9(c)のポイントクラウドで展示していました.LiDARをランプに内蔵するにはLiDAR自体の小型化や内部温度上昇の抑制,ランプカバーでの迷光防止が課題として思い浮かびます.図のようなLiDAR内蔵ランプの展示に至るまでには,小糸製作所社エンジニアの苦労があっただろうと想像します.

Fig.9 小糸製作所社のLiDAR内蔵車載ランプ

⑤ 自動運転のセンサ

自動運転の車には,自己位置推定や周辺環境検知のために様々なセンサが搭載されています.その中には光学系を用いたセンサも含まれます.UDトラックス社と本田技研工業社の2社の自動運転車の展示を見学しました.

UDトラックス社のブースでは,Fig.10に示すfujinと呼ばれる自動運転トラックの実車が展示されていました.この車両を用いた実証実験を神戸製鋼所社と行っており,約17トンのスラグを積んで自動搬送し,所定の場所で積み下ろしを行うことに成功したようです[3].車両の各所にはLiDARやGNSS(Global Navigation Satellite System)、ミリ波レーダと思われるセンサが搭載されていました.プレスリリースによると、本車両にはSensible4社(フィンランド)の自動運転システムが搭載されているようです.LiDARはHESAI社やrobosense社のものが搭載されていました.

Fig.10 UDトラックス社の自動運転トラックの展示

本田技研工業社のブースでは,クルーズ・オリジンと呼ばれる自動運転車両が展示されていました.同社はGMクルーズホールディングスLLCとゼネラルモーターズと共同でこのプラットフォームを開発しており,最大定員6名で自動運転レベル4相当の自動運転技術を搭載しているようです[4].運転席が不要なため,室内空間が広々としている印象でした.自動運転に使用されるセンサに着目すると,前後面や4つの頂点にカメラやLiDAR,ミリ波のようなセンサが搭載されているのが確認できました.

前後面のセンサをみてみると,8つほどのセンサ開口部があることが分かります.LiDARやカメラ等のセンサ関連部材が搭載されているものと思われます.1つの広角カメラを除き,全てがフードのような奥まった開口部内に収納されています.光学的な面で捉えると,太陽光などの外乱光がセンサに入ってノイズになることを防ぐ効果があると考えられます.またウィンドウォッシャーのような部材が搭載されており,光学センサの開口面に付着した汚れを落とす役割があるものと推察されます.センサ搭載領域の下側には,小さな穴が多数開けられているのが確認できます.これはセンサ等の冷却に用いられるものと思われ,センサ発熱による温度上昇を抑制することが技術課題と思われます.

さて4つの頂点のセンサに目を移すと,1つの頂点部につき360度LiDARが1台と別のLiDARが2台,ミリ波レーダ2台,広角カメラ2台,中・望遠カメラ2台の搭載が確認できました.広角カメラにはウォッシャー部材が搭載され,中・望遠カメラにはフードが設けられています.前後面センサと同様に冷却用と思われる開口部があり,空冷用ファンの搭載が確認できました.自動運転では各センサ類の冷却と,その冷却機構の防水性の確保が課題になると思われます.

各センサ類の搭載部周辺をみると,ボディが黒色の光沢面であることが分かります.光学センサの搭載設計を行う上で,黒色であることは迷光を抑制し,光沢面であることは反射光の逃し設計が可能であることに寄与します.光沢面でなく散乱面のほうがスペキュラー反射強度(正反射成分)は下がりますが,迷光逃し設計が困難になる上に汚れの付着が容易になり,光学的なパラメータが変動し易いリスクがあると思われます.

様々な検討を積み重ねてのセンサ搭載設計がなされており,エンジニアの努力を感じさせられる展示でした.

Fig.11 本田技研工業社の自動運転車の展示,(a)スライドドアを用いた乗車口,(b)前後面のセンサ搭載部,(c)頂点部のセンサ搭載部

おわりに

本展示会ではモビリティの価値向上のために光学系が様々な部品として搭載されて活躍していることが分かりました.また展示品の作り込みの状況から,日々技術課題の克服にエンジニアが汗を流している様子が垣間見えました.難しくて泥臭い技術課題にこそ,発明やブレークスルーのアイデアの種が眠っていると私は思います.展示に関わったエンジニアに敬意を感じつつ,私も襟を正して仕事に望みたいと感じました.

参考文献

[1] 日本自動車工業会ホームページ, https://www.jama.or.jp/release/news_release/2023/2329/
[2] 株式会社小糸製作所ホームページ, https://www.koito.co.jp/global-image/news/pdf/202210271644342108967995635a36e26ad4b.pdf
[3] UDトラックス株式会社ホームページ, https://www.udtrucks.com/japan/news-and-stories/news/ud-trucks-and-kobe-steel-conduct-level-4-autonomous-driving-trial-0
[4] 本田技研工業株式会社ホームページ, https://global.honda/jp/topics/2022/ct_2022-09-29.html