単レンズの光学系

幾何光学

①レンズの屈折作用

光は直進する性質があります.そのため,点光源から射出された光は直進して広がり続けるため,像面では広がった光が検出され,元の点の特徴は失われます.これをボケた像といいます(Fig.1).ボケない像,すなわち,点像にするには光を曲げて,点に集まるようにする必要があります.この役割を担うのがレンズです.本記事で取り上げるのは1枚のレンズ(単レンズ)とします.単レンズのことをsinglet(シングレット)とも言います.

Fig.1 レンズのない光学系

一般的に単レンズはFig.2のように曲面状の向かい合った2面をもつ,円筒形の光学素子を指します.大きく分けて凸レンズと凹レンズがあり,それぞれに3種類の形状があります.例えば,凸レンズであれば平凸レンズや両凸レンズ,凸メニスカスレンズがあります.この中で両凸レンズの形がレンズ豆に似ていることから,レンズという名前がつけられました.凸レンズと凹レンズの見分け方は,中心厚が周辺厚よりも大きいものが凸レンズ,その逆が凹レンズです.周辺厚のことをコバ厚と呼ぶこともあります.

Fig.2 単レンズの種類

レンズの材料は主に,光学ガラスもしくはプラスチック材料が用いられます.これらの材料はアモルファス(非晶質)であり,なおかつ,透過率が高い特徴があります.一方で,SiやGeなどの単結晶材料を用いる場合もあります.


光が空気中からレンズに入る際,Fig.3のようにそのレンズ曲面上の界面で進路が曲がります.これを屈折といいます.レンズはこの屈折作用を用いて,光を点に集めます.屈折する角度はEq.1で表され,これをスネルの法則といいます.

Fig.3 媒質の界面における光の屈折

$$
\begin{align}
&\frac{\sin\theta_1}{\sin\theta_2}=\frac{v_1}{v_2}=n_{12}   Eq.1\\
&\theta_1:媒質1から界面への入射角\\
&\theta_2:界面から媒質2への屈折角\\
&v_1:媒質1での光の速度\\
&v_2:媒質2での光の速度\\
&n_{12}:媒質1に対する媒質2の相対屈折率
\end{align}
$$

スネルはこの法則を実験から見出し,のちにホイヘンスが理論的に説明づけました.この式から屈折には空気中の屈折率と,レンズ材料の屈折率に依存することが分かります.屈折率は英語でRefractive Indexとよび,光学業界では単にインデックス(index)と呼ぶことがあります.数式では\(n\)と表します.空気を媒質1,レンズを媒質2とすると,Eq.1は媒質1に対する媒質2の相対屈折率が\(n_{12}\)であることを示しています.

さて,光は電磁波であるため,その特性はマクスウェル方程式を用いて知ることができます.それによると,真空中の光の速さ\(c\)はEq.2で表すことができます.

$$
\begin{align}
&c=\frac{1}{\sqrt{\varepsilon_0\mu_0}}   Eq.2\\
&\varepsilon_0:真空中の透磁率(=8.85×10^{-12} F/m)\\
&\mu_0:真空中の誘電率(=1.26×10^{-6} H/m)\\
\end{align}
$$

この式から,真空中の光の速度\(c=2.99×10^{8} m/s\)であり,フィゾーが実験で得た結果である秒速30万kmとほぼ一致することが分かります.ちなみに,光速度不変の原理を見出したA. Einsteinは記者からの質問で光速度の値を答えられなかった際,「本やノートに書いてあることをどうして覚えておく必要があるのか?」と反論したそうです.
さて,Eq.1とEq.2からEq.3の式が導出されます.

$$
\begin{align}
&n_{02}=\frac{c}{v_2}=\sqrt{\frac{\varepsilon_2\mu_2}{\varepsilon_0\mu_0}}   Eq.3\\
&c:真空中の光の速度\\
&v:空気(媒質2)中の光の速度\\
\end{align}
$$

このような真空中の屈折率に対する媒質2の屈折率を,媒質2の絶対屈折率といいます.真空中の屈折率は1で,屈折率の基準です.空気中の絶対屈折率は\(n_1=1.000270\)で,真空中とは異なります[1].光学ガラスなどの材料の屈折率は,一般的に空気に対する相対屈折率で表されます.これはレンズが空気中で使用されることが多いためです.そのため,宇宙空間などの真空環境で使用される光学機器を設計する際は,絶対屈折率への換算が必要であることを覚えておく必要があります.ちなみに,光学ガラスの屈折率は有効数字が7桁(小数点以下6桁)もしくは,有効数字6桁(小数点以下5桁)で表すことが一般的です.光学機器は小数点6桁が性能に影響する世界なのです.

以上を踏まえて,今後屈折率を扱う場合は特段の注記がない場合は,媒質2の屈折率は空気に対する相対屈折率とし,表記を\(n_2\)の様にしたいと思います.

②単レンズの光学系

レンズの特徴量として焦点距離とFナンバー(レンズ直径に関する値)が挙げられます.Fナンバーについては別の機会に説明します.焦点距離とは,正確にはレンズの主点と焦点との間の距離のことです.レンズの主点とは,厚肉レンズを取り扱う際に出てくるレンズの中心のことで,単レンズにつき2つの主点があります.本記事では薄肉レンズを用いた幾何光学を用いるため,主点は1個でレンズ中心を指すと考えます.

単レンズを用いた光学系の例をFig.4に示します.光線は左から右に進んでいるものと考えます.物点がレンズから無限遠の距離にあるとき,レンズに到達する光は平行光となります.このとき,レンズによって集光された光が集まる点が焦点であり,レンズの主点から焦点までの距離を焦点距離と呼びます.この図では,凸レンズが両矢印で表されています.薄肉レンズを用いた幾何光学では,このように簡易的に表すことがあります.

Fig.4 凸レンズを用いた単レンズ光学系

参考までに,凹レンズを用いた単レンズの光学系をFig.5に示します.ここで,凹レンズは内向きの矢印で表されています.平行光が凹レンズに入射すると,ある点を中心にして広がっていることが分かります.この見かけ上のある点が,凹レンズにおける焦点です.焦点は,凹レンズに対して光が飛んできた方向にあります.

Fig.5 凹レンズを用いた単レンズ光学系

③単レンズの結像式

先にあげた2つの単レンズ光学系では,物点が無限遠にありました.そのため,物点に対応する像点が焦点上に存在していました.それでは,物点が有限の距離にある場合,像点はどこにできるのでしょうか?これを明らかにするのが結像式です.

有限距離に物点がある,凸レンズを用いた単レンズ光学系をFig.6に示します.ここで,物点及び像点は光軸上にあります.これらを軸上物点及び軸上像点を呼びます.レンズの焦点が凸レンズに対して対象の位置に2点あります.光がレンズに入射する側(Fig.6のレンズの左側)にある焦点を前側焦点,光がレンズから出射する側(Fig.6のレンズの右側)にある焦点を後側焦点といいます.この「前側」や「後側」の概念は様々なシーンで出てくるので覚えて置く必要があります.

Fig.6 有限距離に軸上物点がある単レンズ光学系

次に物点が光軸上以外の場所にある場合(軸外物点)を考えます.この場合は像点も軸外にでき,軸外像点といいます.このときの光学系をFig.7に示します.軸外物点からレンズの主点を通った光は一直線に軸外像点に到達します.軸外物点から光軸に平行な状態でレンズに入射した光は,後側焦点を通って軸外像点に到達します.軸外物点から前側焦点を経てレンズに入射した光は,光軸に平行な状態で軸外像点に到達します.これら3つの光線を用いた作図は光学系の特性を知るうえでよく用いられます.

Fig.7 有限距離に軸外物点がある単レンズ光学系

Fig.7に示した光学系を数式で把握していきます.光学系の各部の寸法をFig.8のように定義します.図の中で青色で塗られた三角形と,緑色で塗られた三角形はそれぞれで相似関係にあります.このことから以下の関係が導出できます.

$$
y:x=y’:-f   Eq.4\\
y’:x’=y:f   Eq.5
$$

Fig.8 単レンズ光学系の各寸法の定義

ここで,\(\frac{y’}{y}=\beta\)を横倍率といいます.このことから以下の式に導出されます.

$$
\beta=\frac{y’}{y}=\frac{-f}{x}   Eq.6\\
\beta=\frac{y’}{y}=\frac{x’}{f}   Eq.7
$$

これらから,物体がレンズで何倍に拡大されて像を形成するかがわかる横倍率\(\beta\)(通常倍率と呼ばれるもの)が次式のように物の位置,あるいは像の位置との関係式で表されます.

$$
x=-\frac{f}{\beta}   Eq.8\\
x’=f\beta   Eq.9
$$

ここで,\(x\)は物点と前側焦点との距離で,\(x’\)は像点と後側焦点との距離であることに注意が必要です.Eq.8とEq.9は光学設計において,目的の倍率を達成するために,焦点距離と物点の位置を決める際によく活用しています.覚えておくと良いと思います.例えば,Eq.8で\(\beta=1\)とおくと\(x=-f\)であり,レンズから焦点距離の2倍の位置に物点を置くことで,等倍率が達成されることが分かります.

さて,Eq.8とEq.9を掛け合わせることでニュートンの結像式を導出することができます.

$$
xx’=-f^2  Eq.10
$$

Fig.8の寸法から以下の関係が導出されます.

$$
x=s+f   Eq.11\\
x’=s’-f   Eq.12
$$

Eq.11とEq.12をEq.10に代入するとEq.13式が導出されます.この式は高校物理で学ぶ,ガウスの結像式です.

$$
-\frac{1}{s}+\frac{1}{s’}=\frac{1}{f}   Eq.13
$$

先に横倍率の概念が出てきましたが,これは光軸を法線とした面上(光軸に対して垂直方向)にある像のことを言いました.一方で縦の概念もあり,これは光軸方向のことを指します.この方向の倍率を縦倍率といいます.これは奥行きのある物体をレンズで拡大した際に,奥行きが何倍に拡大されて像として形成されるかを表しています.物における奥行きを\(\Delta x\)とし,像における奥行きを\(\Delta x’\)とします.これらをニュートンの結像式に代入して次式を得ます.

$$
(x+\Delta x)(x’+\Delta x’)=-f^2\\
$$
変形して,
$$
\frac{x’}{x}=\frac{f^2}{x(x+\Delta x)}   Eq.14
$$

ここで,\(\Delta x\)→0とするとEq.15が導出されます.すなわち,縦倍率は横倍率の二乗です.像の奥行きを重要視する光学系においては,縦倍率と横倍率がEq.15の関係にあることを理解したうえで設計する必要があります.

$$
\alpha = \beta^2   Eq.15
$$

④おわりに

今回は単レンズを用いたシンプルな光学系の特性を取り扱いました.シンプルが故に理解しやすく,様々な光学系に適用可能な基本的な概念です.特に横倍率の式やニュートンの結像式,縦倍率の式は実務でも活用することが多いので,覚えておくと良いと思います.

参考文献

[1] 寺田聡一, “長さ標準:レーザー測長における真空および大気の影響”, J. Vac. Soc. Jpn., pp.347-350, 2009.