光ピンセットの光学

幾何光学


この記事では、光ピンセットのしくみとそれを実現する光学系、理論などについて紹介します。

光ピンセットとは?

光ピンセット(Optical Tweezers)は、レーザ光を用いて数ミクロン程度の大きさの誘電体微粒子を捕捉する技術のことです。最初に捕捉技術の報告がなされたのは、ルビーレーザが発明されて10年ほど経った1970年のことです。AT&Tベル研究所のA. Ashkin氏によって報告されました[1]。このときは対向させたレーザ光によって微粒子を挟み込むことで捕捉する方法が採られました。その後の1986年には同じくAshkin氏により、集光させた一本のレーザ光で捕捉する技術が報告されました[2]。これはレーザの集光点に微粒子を捕捉することができる技術です。これにより一般的な顕微鏡を使用して光ピンセットを構築できるようになったため、現在に至るまで広く普及する技術となりました。また、顕微鏡で対象物を観察しながら捕捉できることから、医学や生物学の分野で利用されるようになりました。Ashkin氏はこれらの業績により、ノーベル物理学賞を2018年に受賞しました。本記事では集光させた1本のレーザ光を用いた捕捉技術について記します。

光ピンセットのしくみ

光ピンセットの捕捉のしくみを説明します。光は粒子の性質を持っており(A. Einsteinの光量子仮説)、光が進行する方向に運動量を持っています。光が捕捉微粒子に入射すると、光粒子と捕捉微粒子との間で運動量が保存されます。ここでFig.1のように顕微鏡の対物レンズで集光されたレーザ光が、水(屈折率:\(n\)=1.33)の溶媒中に浮遊しているポリスチレン球(屈折率:\(n\)=1.6)の捕捉微粒子に照射されたとします。光粒子は捕捉微粒子に入って出ていく過程で屈折されて進行方向が変わります。すなわち光粒子の運動量が変化し、それ対して逆向きの運動量が捕捉微粒子に加わります。例えば顕微鏡の対物レンズで集光されたマージナル光線aとbがあるとします。光線aに着目すると、捕捉微粒子に光粒子が入射すると屈折して曲がります。これは入射前の光線方向に対して直交方向の力積(ここでは単純に力\(f_a\)とします)が加わったことになります。このとき、運動量保存則により捕捉微粒子には逆向きの力積(ここでは単純に力\(F_a\)とします)が加わります。光線bについても同様に考えます。すると、\(F_a\)と\(F_b\)の合力\(F_t\)が捕捉微粒子に加わります。合力\(F_t\)は捕捉微粒子の中心からレーザ光の集光点に向かう力が働きます。これが光ピンセットにおいて捕捉微粒子にはたらく光の放射圧であり、捕捉力のしくみです。ただし、ここでは簡単のために水とポリスチレン球の界面での反射(フレネル反射)は割愛しています。

Fig.1 光ピンセットの捕捉のしくみ

光ピンセットの光学系

光ピンセットの光学系はとてもシンプルです。TEM00モードのレーザ光を顕微鏡の対物レンズで集光し、例えば水中に分散させたポリスチレン球に照射して微粒子を捕捉する系となります。これを応用して、微粒子を顕微鏡下で2次元に自由に操作しようとする試みがなされました[3]。これを参考に、2次元操作が可能な光ピンセットの光学系をFig.2に示します。光源には例えば、波長1064nmのCWレーザ(Nd:YAG)を用います。1064nmは赤外線の中では水分に吸収されにくく、微小な生体試料への加熱を低減できるために使用されています。赤外線のため、カラーフィルタのついたCMOSカメラにはビームが映らないため、観察を阻害しないというメリットもあります。レーザ光はTEM00モードのガウシアンビームです。そのビームを2軸のガルバノミラーで走査します。2つのガルバノミラーの間には2つのリレーレンズが配置され、各々の焦点とガルバノミラーの走査軸の位置が一致して共役関係になるように配置されます。その後段のリレー&エキスパンダレンズの焦点も共役になるように配置され、ダイクロイックミラーを経由して最終的に顕微鏡の対物レンズの射出瞳位置に一致するようにします。これにより、各走査軸が同一平面上となるように設定でき、対物レンズの射出瞳位置に配置されたとの等価に扱うことができます。エキスパンダーレンズは対物レンズの射出瞳全域にレーザ光が満たせるように拡大します。これにより、対物レンズの仕様通りのN.A.を達成することができます。対物レンズで集光されたレーザ光はイマージョンオイルとカバーガラスを経由して、水中に分散したポリスチレン球に照射されます。その様子を可視光で捉えるため、ハロゲンランプから出た照明用の光がコンデンサレンズで集められて観察対象を照らします。対物レンズでその光を捉えてダイクロイックミラーと結像レンズを経由して、CMOSカメラに結像されます。このときの顕微鏡は無限遠補正系としています。

Fig.2 光ピンセットの光学系

顕微鏡の対物レンズの要件は、後述の捕捉効率の観点からN.A.=1.4の油浸レンズが必要です。また、レーザ光に1064nmなどの近赤外光を用いる場合は、近赤外まで対応したスーパーアポクロマートレンズ(4波長の軸上色収差と球面収差が補正されているレンズ)を用いるのが適当と思います。「アポクロマート」は「アプラナート(球面収差補正レンズ)」と「アクロマート(色収差補正レンズ)」とを合わせた単語で、3波長の軸上色収差と球面収差が補正されているレンズを表します。

ミー散乱に基づく理論式

捕捉原理を理論的に説明するには、ミー散乱理論とレイリー散乱理論の2つの方法があります。ミー散乱とは、散乱体(微粒子)の大きさが散乱される光の波長よりも大きい場合のことを指します。逆にレイリー散乱とは、散乱体の大きさが散乱される光の波長よりも小さい場合のことを指します。本記事では直感的に理解のし易い、ミー散乱理論に基づいて進めたいと思います[4]。

Fig.1の捕捉の仕組みを表した図に関して、単一光線aのみに着眼して光線追跡を進めた図をFig.3に示します。光線aは捕捉微粒子に入射すると、その界面で屈折する光線と反射する光線に分かれます。界面で反射することをフレネル反射といいます。入射光線の強度を\(P\)とすると、反射光線の強度は\(PR\)です。屈折した光線は捕捉微粒子内の別の界面に到達し、屈折して粒子の外に行く光と、反射する光線に分かれます。屈折して外に行く光の強度は\(PT^2\)です。さらに、反射した光は別の界面に到達して、屈折する光と反射する光に分かれます。屈折して外に出て行く光の強度は\(PRT^2\)です。同様に、次に屈折して外に出ていく光の強度は\(PR^2T^2\)です。この現象はまさにミー散乱を表しています。

ここで、捕捉微粒子の中心を原点とし、光の入射方向をz軸、それに直交する方向をy軸と定義します。また、捕捉微粒子が受ける放射圧のうち、光線aが入射する方向に平行な成分を散乱力\(F_s\)と表し、それに垂直な成分を勾配力\(F_g\)と表します。捕捉微粒子に加わる力の各成分は以下の式で表されます。

Fig.3 光ピンセットで捕捉される微粒子内の光線追跡

$$
\begin{align}
&F_s=\frac{n_1P}{c}Q_s=\frac{n_1P}{c}\left[1+R\cos2\theta_1-\frac{T^2\{\cos2(\theta_1-\theta_2)+R\cos2\theta_1\}}{1+R^2+2R\cos2\theta_2}\right]   Eq.1\\
&F_g=\frac{n_1P}{c}Q_g=\frac{n_1P}{c}\left[R\sin2\theta_1-\frac{T^2\{\sin2(\theta_1-\theta_2)+R\sin2\theta_1\}}{1+R^2+2R\cos2\theta_2}\right]   Eq.2\\
\end{align}
$$

\(R\)は反射率、\(T\)は透過率、\(Q_s\)は散乱力\(F_s\)の捕捉効率、\(Q_g\)は勾配力\(F_g\)の捕捉効率、\(n_1\)は溶媒(例:水)の屈折率です。Eq.1とEq.2で特徴的な項である\(\frac{n_1P}{c}\)は入射光の単位時間あたりの運動量を表します。

捕捉に用いるレーザ光を円偏光とすると、\(R\)及び\(T\)はフレネル反射の式を用いてEq.3及びEq.4で表されます。\(r_s\)はS偏光の振幅反射率、\(r_p\)はP偏光の振幅反射率です。

$$
\begin{align}
&R=\frac{r_s^2+r_p^2}{2}   Eq.3\\
&T=1-R   Eq.4\\
&r_s=\frac{n_1\cos\theta_1-n_2\cos\theta_2}{n_1\cos\theta_1+n_2\cos\theta_2}\\
&r_p=\frac{n_2\cos\theta_1-n_1\cos\theta_2}{n_2\cos\theta_1+n_1\cos\theta_2}\\
\end{align}
$$

勾配力と散乱力の合力及びその捕捉効率はそれぞれEq.5とEq.6で表されます。

$$
F_t=\sqrt{F_s^2+F_g^2}   Eq.5
$$

$$
Q_t=\sqrt{Q_s^2+Q_g^2}   Eq.6
$$

以上が単一光線によるミー散乱で発生する放射圧による、勾配力と散乱力の数式表現です。Eq.1とEq.2の捕捉効率の式から、入射角によって捕捉力(捕捉効率)がどのように変化するかをPythonを用いて可視化してみます。可視化に使用したスクリプトを以下に示します。ここでは、例えば水中(屈折率:\(n_1\)=1.33)のポリスチレン球(屈折率:\(n_2\)=1.60)を捕捉する場合を考えます。

プロットした結果をFig.4に示します。\(Q_s\)は正の値、\(Q_g\)は負の値を取ることがわかります。すなわち、散乱力はz軸方向(光線の入射する方向)に働き、勾配力はy軸方向の逆方向(光が屈折により曲げられる方向の逆方向)に働くことを表しています。勾配力の捕捉効率が最大となる入射角\theta_1は約70deg.のときです。この条件を満たすことのできる顕微鏡の対物レンズは、N.A.=1.4の油浸対物レンズ(イマージョンオイルの屈折率が1.5のとき)です。これが同じレーザ強度で最も強く捕捉できる条件です。

Fig.4 単一光線入射角に対する捕捉効率の変化

光ピンセットの実際

光ピンセットの実験系を構築する場合、倒立顕微鏡が良く用いられます。これは試料を上からセットし易いこともありますが、開口率\(N.A.\)を上げるために使用されるイマージョンオイルが広がってカバーガラスとスライドガラスとの間に入り込み、コンタミネーションを起こすことを避ける効果もあります。捕捉微粒子としては、ポリスチレン球(NIST校正微粒子)がしばしば用いられます。微粒子のサイズとしては直径1~10um程度のものが捕捉し易いと思われます。もちろん、この範囲外の粒子を捕捉することは可能で、20nm~50umの微粒子に対して捕捉した例があります[5]。捕捉力の強さは対物レンズから出射するレーザ光の強度が1mWあたり、おおよそ1pN程度です。

光ピンセットで微粒子などの対象物を動かす場合、顕微鏡のステージを移動させて周辺媒質に対して相対運動させる方法や、上記の光学系の例で挙げたガルバノミラーによるビーム走査による方法、D.Grier氏により提案された計算機ホログラム(CGH:Computer Generated Hologram)による方法があります[6]。CGH型は計算機で生成された位相型ホログラムを空間光位相変調器で表示させてビームを分割しつつ、ビームの位置を変えることができる方法です。計算機ホログラムについては別の記事で取り上げたいと思います。

おわりに

光ピンセットの原理を日本語で分かりやすく紹介している本を浮田氏が書いています。学生向けに書かれている本ですので是非、最初の取りかかりとして読んでみることをおすすめします[7]。著者が研究生活を通して考えたことや若手にむけた思いなど、興味深い知事も記されています。「研究は地道な活動がほとんどですが時として発見や感動を味わう瞬間があります、その一瞬が忘れられないです。」との話は私も共感するところです。これは研究以外の仕事にも通ずることと思います。

株式会社LABOPTでは、光ピンセット光学系の構築や改造に関するコンサルティングを行っています。これから光ピンセットに取り組まれる方や、既存の光ピンセットをより操作しやすくしたい方などのサポートを行います。シングルビームやマルチビーム(ガルバノミラー型、CGH型)の構築が可能です。操作しやすく、改造しやすいソフトウェアの開発も可能です。ご興味のある大学や研究所、企業様などからのお問い合わせをお待ちしています。[URL:LABOPT]

参考文献

[1] A. Ashkin, “ACCELERATION AND TRAPPING OF PARTICLES BY RADIATION PRESSURE”, Physical Review Letters, vol.24, no.4, pp.156-159, 1970. [URL]
[2] A. Ashkin, J. M. Dziedzic, J. E. Bjorkholm, S. Chu, “Observation of a single-beam gradient force optical trap for dielectric particles”, Optics Letters, vol.11, no.5, pp.288-290, 1986.
[3] 三澤弘明, 笹木敬司, “レーザー走査マイクロマニピュレーション”, 光学, vol.21, no.2, pp.91-92, 1992. [URL]
[4] A. Ashkin, J. M. Dziedzic, J. E. Bjorkholm, S. Chu, “Observation of a single-beam gradient force optical trap for dielectric particle”, Optics Letters, vol.11, no.5, pp.288-290, 1992. [URL]
[5] 浮田宏生, “光ピンセット技術”, 電気学会論誌E, vol.116, no.1, 1996. [URL]
[6] J. E. Curtis, B. A. Koss, D. G. Grier, “Dynamic holographic optical tweezers”, 2002. [URL]
[7] 浮田宏生, “ここまできた光技術”, 講談社, 1995.